カツン。
小さな音が丸い窓の外から聞こえたような気がした。
巨大な潜水艇の分厚い窓に何かが当たったとしても、音なんか聞こえるはずはないのだけれど。
丸い窓におでこを付けて覗きこむと、ただ海底の暗闇を鏡として、ぼんやりとした自分の顔が映っているだけで、泡とも塵ともつかぬ白い粒がゆっくりと流れていく。

地上と海上は「静かな戦闘サイレント バトル」と呼ばれる第3次世界大戦の負の遺産が支配している。

「ヒイ爺さんから聞いてた戦争と、実際の戦争は随分違ってたよ。」
地上生活の経験があるという大叔父が話していた。
「ヒイ爺さんの話では、戦争は空を飛ぶ戦闘機と地上を走る戦車から、爆音とともにミサイルがビュンビュン飛んでくるということだったが、「静かな戦闘サイレント バトル」では、遠い宇宙空間に浮かぶ各国の「ステーション」から、音もなく、青白い光線がヒトに向かって降ってきて、ジッという小さな音と一瞬の閃光と共に、あっと思うまもなくヒトが消えてしまう。問答無用の恐ろしい戦争だよ。」
大叔父が「静かな戦闘サイレント バトル」のことを語る時、指先が小さく震えていた。
「誰が光線を発射してるの?」
「ステーションにいる『解析者アナリスト』さ。ヒトの行動やつながりをして『敵対度エナミー レート』を計算するんだ。自国の解析者が認定したレートと、敵国の解析者が認定したレートは、もちろんまったく異なるレートになるが、それをさらに『国際連合ステーション』にいる『認定解析者』が解析して最終的なレートが決まる。ヒトの行動やつながりは日々変わるから、敵対度エナミー レートも日々刻々変動する。」
「まったく、頭のいい連中ってのは、昔っからろくなもんを作らないよ。」
大叔父の震える指先を、ふっくらとした両手で包みこむように握りながら、祖母が強い語調で言う。噂では祖母は伝説のレジスタンスと呼ばれたチームで、この巨大な潜水艇の設計を担当していたというが、ホントかどうかは知らない。
「そのうち、役に立つ人間かどうか、有用性もポイント化しろ、平等、公平、多様性、そういうのもポイント化しろってね。
で、結局、解析者たちが作った修正プログラムを起動させたら、なんと、ヒトというヒトを皆殺しにしはじめたのさ。」

「いっそ、美しい光景だったねぇ。」
「ああ、流星群みたいだったな。」
祖母と大叔父は、潜水艇の天窓を見上げて、少しばかりうっとりした表情を目に浮かべていた。
「りゅーせーぐん?」
「時々、浅い海に上がると、銀色の魚の大群がものすごい速さで泳いでいくだろう?銀色の線が何万と走っていくように、青い光の千が空から降ってくるのさ。」
「ふーん。」
ほんとのところ、空というものを知らない僕にはうまく想像できないのだけれど。

チッ・・・ジジッ・・・

また丸窓の外で音がした。
祖母も大叔父もハッと窓の外に視線を向けたから、気のせいじゃない。

丸窓の外の深海の闇の奥から、小さな青い光がゆらりと近づいてくる。
窓を覗きこむようにリュウグウノツカイのような細長い魚が近づいてきて、青い光を発しながらうねる背びれの先が窓にぶつかると、微かな音を発した。

「もしかして・・・」
祖母がその小さな魚を凝視しながら、つぶやく。

その魚の後方に広がる闇の奥から、無数の青い光が近づいてくるのが見える。
ふわふわ浮かぶ泡とも塵ともつかぬ白い粒も、青い光を反射して瞬いている。

「おばあちゃん、これがりゅーせーぐんってやつなの?きれいだけど、なんだか怖いよ。」

カツーン。
ひときわ高い音が響いて、丸窓に小さな砂粒のような傷がつくのが見えた。

「まずいよ。噂はホントだったんだ。宇宙からの光線のエネルギーを貯めこむことのできる魚がいるって。」
祖母の手も大叔父の手も大きく震えている。
「坊、上に行って、防御ネットを被せるように伝えるんだ!」
「うん、分かった!」

きれいに磨かれてはいるけど古びた階段を段飛ばしで駆け上がって、巨大な天窓を持つ最上部の中央司令室センターにたどり着いた時、青い光は数えきれないほどの数に増えていて、その圧倒的な美しさに麻痺したようになって、大叔父の司令を伝えることも忘れてしまいそうだった。

「ぼ、防御ネットだって!」

凍りついたように静止していた中央司令室センターの大人たちが、僕の声でキビキビと動き始め、潜水艇のあちこちにある小さな穴からゼリー状の細い糸のようなものが吐き出され、細かい網目となり、船を包み込み始めた。

「危なかったねぇ。まさか噂がほんとだったなんてね。」
「どのくらいの数がいるんだろう」
ゆっくりと階段を登ってきた祖母が、中央司令室センターの大人たちと青く光る魚について、興奮しながら話している。
僕は地下にいる大叔父が気になったけれど、天窓いっぱいに広がる青い光のショーから目を離せないでいた。小さいころ、ホロシネマで見たタイムマシンって乗り物が、こんな光のトンネルを抜けて、過去や未来、時間の流れの中を行き来していた。

もしかしたら、この青い魚は未来からの使者なんじゃない?
暗い暗い海底で息を潜めるようにして生きている時代が、もうすぐ終わるのだと伝えに来たのかもしれない。
丸い窓も大きな天窓も開け放して、空ってやつを眺めることのできる日がやってくるのかも!

よし、大叔父に僕の予測を言ってやろう。
そうすれば、手の震えも治まるさ!

青い光でほんのり薄明るくなった階段を、少年は軽やかに降りていく。

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