錦湯

銭湯に入ることを覚えたのは、20代半ばに金沢に住んでからのことである。

私が育った地は、現代いまでは、山を切り崩して建てられた細々こまごまとした住宅と点々と無節操に立ち上がるマンションの間に、僅かな田畑が残り、その残った田畑でさえも休耕田が目につく典型的な地方のベッドタウンであるが、子供の頃は広々と田畑が広がる農業地域であったから、銭湯というものがなかった。

金沢では、小さな山の中腹に古い一軒家を借りて住んでいて、山を下ると昔は遊郭が立ち並んでいたというお茶屋街があった。その茶屋街の一角にある小さいが清潔な銭湯が、私のはじめての銭湯体験だった。
古い一軒家ゆえ、水廻りは近代的な設備に比べれば不便もあり、冬の風呂場の寒さは身に沁みる。寒い中、山をおりるのもおっくうなようであるが、それでも無性にこの銭湯に出かけたくなることがあった。夏は夏で、銭湯に入って、夕べの風に誘われて浅野川の川べりを散歩するのを楽しみに、ぶらぶらと山を下りていった。
北陸新幹線が開通して、この茶屋街も随分と賑やかな観光地となっているようだが、その頃は、観光客もさほど多くはなく、しっとりと落ち着きのある街の、夏の薄青い夕暮れの細い路地を歩いていると、ツトツン、ツト、ツン、と三味線の音色がどこからともなく聞こえてきたりした。
そんな場所の銭湯だからか、若干の皺こそあれど、若い頃はさぞかしきれいな芸妓だったのだろうと妄想してしまうような、真っ白ですべらかで触れてみたくなるようなきれいな肌のおばあさんがいたりした。脱衣場でご近所のおばさん、おばあさんが話をしていても、やわらかでのんびりした響きの金沢弁だからか、騒がしさを感じたことはない。時折、密やかな囁きがふんわり響く静かな銭湯だった。

金沢の次に移り住んだのは「せともの」の瀬戸市で、谷間を細く流れる瀬戸川に沿って小さな製陶所と家々が入り混じって立ち並ぶ。
金沢も瀬戸も有名なやきもの産地であるが、おもむきはずいぶんと異なる。九谷焼が有名な金沢のやきものは、茶事の盛んな土地柄や加賀100万石のプライドゆえか、芸術文化の色が濃いように思う。
まあ、型ものの大量生産品だって作っていたわけなので、逆に産業としての焼き物が衰退して、芸術文化としての焼き物が残ったということであるかもしれないが。
対して、瀬戸のやきものは、陶器の代名詞になるほど普及した大量生産品の流れからか、産業としての色が濃く、やきものづくりも分業制で、いわば、職人の町であったようだ。
古い時代を知る人から聴いた話では、給料日は月に2回あり、宵越しの金は持たんというような職人も多くいたらしい。
そんな職人たちが、陶土や釉の汚れを落としたり、窯焚きの煤や汗を流したりする銭湯があちこちにあったようだ。私が住んでいた頃は、いわゆる「せともの」づくりとしての陶磁器産業が、工場の大量生産品や中国の輸入陶器などの安物に押されて、すでに斜陽とも言える状態だったため、銭湯もずいぶん減ってしまったようだが、町の銭湯が数軒残っていて、私も近所の、それでもちょっと前にリニューアルしたという小さな銭湯に時折かりにいった。
小さいながらも電気風呂やら泡風呂、サウナもあって、週末は小さな子どもを連れた家族も多かった。おばあさん、その娘と思われるおばさん、そして幼い孫。顔つきも身体つきもそっくりな三世代の女たちが洗い場に並んでいるという微笑ましい光景もあって、にぎやかな銭湯も悪くなかった。

その後、実家に戻ってからは、銭湯に通うことも久しくなかったが、この間、平日一週間京都に滞在するという贅沢な旅時間を持つことができて、「住むように旅する」という旅の目的どおり、そのうちの3日ほどは町の銭湯に浸かることができた。特に気に入ったのは、夜遅くまで観光客で賑わう錦市場近く、四条の通りからほんの少し入ったところに、物珍しくも懐かしいような、昔ながらの銭湯で、男女別にわかれた入り口に掛けられた、紺の「男」と赤の「女」の暖簾のれんもキッパリと清々すがすがしい。
脱衣場の木製の棚には、常連さんの名入りの柳行李が並び、なんだか宮崎駿のアニメの世界に入り込んだようだった。浴室の入り口には黄色の定番のケロリンではなく、色柄様々なプラスティックの洗い桶が積まれていて、住むように旅するといったところで、こんな銭湯では明らかに余所者よそものな私が、洗い桶も常連さん用なのだろうかと思いあぐねていたら、風呂あがりのおしゃべりを楽しんでいたおばあさんたちが、「どれでも好きなのつこうてええよ」とはんなりした口調で教えてくれた。
時間が早いのか遅いのか、浴室は貸切状態で、数種の風呂をどれも試して堪能し、風呂あがりの脱衣場でぽーっとして、春のおだやかな夜風に吹かれて歩きながら、美味しそうな町家のレストランの灯りを眺めて、明日の夜はここで食事しようと目星をつけながら、宿に戻ってパタンと寝た。

スーパー銭湯も楽しいものだけれど、土地の銭湯も巡ってみると、その土地の豊かな素顔を覗くことができて楽しい。

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